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  健全経営の第三セクター病院 南紀白浜はまゆう病院の挑戦
2007年12月6日


財団法人白浜医療福祉財団白浜はまゆう病院


  財団法人白浜医療福祉財団白浜はまゆう病院(立谷誠一理事長、谷口友志院長、270床)は、温泉地として知られる和歌山県白浜町の白良浜を望む高台にある。移転統合した旧国立白浜温泉病院の資産を利用しようと、受け皿となる財団を設立し1994年に開院。地域ニーズに徹した病院作りを目指してきた結果、経営不振が続く自治体病院のなかでも黒字を維持し続ける優良病院となっている。


新館5階の病室からは景勝地白良浜が一望できる







  国立病院の再編に伴い移転統合計画の対象となった国立白浜温泉病院は、1992年国立田辺病院と統合され、県域を主たる診療圏とする高度医療を担う「国立南和歌山病院」が新たに開院した。白浜町では、移転統合計画が発表されて以来、町議会とともに地域医療の確保および観光地としての町のイメージダウンにならないよう、国立白浜温泉病院の存続を国に要望してきたが、実現されなかった。統廃合後は国立白浜温泉病院の跡地利用が行政課題となった。有名な観光地には住民のみならず来訪者のためにもしっかりした病院が必要と思われたからである。


●当時の白浜町の医療環境
人口2万人 二次医療圏14万人
医療機関 国立白浜温泉病院(150床)、白浜病院(79床)、診療所(4)
白浜町民の患者数推計
1日当たり通院患者数 804名
1日当たり入院患者数 241名
通院患者の67%が町外の医療機関を受診
入院患者の76%が町外の医療機関に入院    
救急車搬送の66%は、町外の医療機関に依存
観光振興上の課題
観光客がケガや病気になったときに安心して治療を受けることができる医療施設の整備は観光振興上の課題でもあった。


「当初は国の特別措置の適用により、国有財産の半額譲渡を受け、町立病院としてスタートできないかと検討していました。しかし、白浜町は社会保険病院である紀南病院の開設者でもあったため、紀南病院組合規約の制約により国有財産の譲渡期限内での解決は難しく、町立病院構想は断念せざるを得ませんでした」と、白浜はまゆう病院事務長で(財)白浜医療福祉財団専務理事の西浦敏和氏は振り返る。西浦氏は今年3月までは白浜町の職員であり、白浜はまゆう病院の開設計画が持ち上がった当初から携わってきた人物である。

一方、厚生省(当時)からは町立病院の開設ができない場合、国有財産の譲渡先として公益性の高い団体(白浜町の寄付50%以上)の設立が求められた。「そこで第三セクター(財団法人)を設立することによって国有財産の払い下げを受け、病院を開設しようということになったのです」と西浦氏。

第三セクターを構成する団体等の基本的な条件として白浜町は、
(1) 医療・保険・福祉事業に対して理念を有している
(2) 病院事業の実績があり、経営ノウハウを有し、医療スタッフを確保できる
(3) 財政力(資金調達力)を持っている
(4) 白浜町に腰を据えて取り組んでくれる
――ことを挙げ、近畿労働金庫や地域医療の経験をもつ医師との連携を推進。こうして財団法人の基本財産1億円は、白浜町の寄付依頼に各団体や個人が応える形で調達された。


●寄付金(1億円)の内訳
白浜町  5000万円
近畿労働金庫 2000万円
医師二名 500万円
医療法人財団天心堂(大分市) 1000万円
白浜温泉旅館共同組合 500万円
白浜町社会福祉協議会 300万円
(社)和歌山県労働者福祉協議会(和歌山市) 100万円
(社)田辺地域労働者福祉センター(田辺市)500万円
和歌山県労働者共済生活共同組合(和歌山市)100万円


なお、寄付者である上記の医師二名とは、初代院長の亀井克典医師と、2代目院長で財団副理事長の松尾晃次医師を指す。両氏とも和歌山で地域医療が実践できるのであればと、250万ずつ寄付し参画した。さらにその後10年近く、長期借入金の連帯保証人も引き受けたという。

また、医療法人財団天心堂とは大分県の医療法人で、理事長の松本文六氏は先の参議院議員選挙にも立候補した人物で亀井、松尾両氏が所属する地域医療研究会(会長は著名な諏訪中央病院の鎌田實氏)の先輩にあたる。病院の設立に関して天心堂に直接メリットはないものの、地域医療の取り組みの力になればということで参画してくれたそうだ。

こうして93年に財団法人白浜医療福祉財団が設立。町、労金、医師の3者による病院運営の土台が築かれた。医療経営については白浜町にノウハウがないため、労働金庫が資金運営を担うということで一致した。「とはいえ労金も医療にはさほど詳しいわけではなく、医師以外、医療経営については本当に素人集団でした。ただ、初代専務理事だった労金の方の話では、経営においては病院も一般企業も変わりなく共通のやり方でやっていけるということで開設に踏み切ったのです」(西浦氏)。



白浜はまゆう病院事務長で(財)白浜医療福祉財団専務理事の西浦敏和氏。
サービス業という意識を定着させるため、職員は皆アロハシャツで患者を迎え入れる。






  白浜はまゆう病院が開院したのは、財団が設立された一年後の94年2月のこと。急性期病床47床からのスタートだった。その後増床を繰り返し、99年には白浜町との共同施設である「白浜医療・保健・福祉総合センター」を併設。地域ニーズに応える形で訪問看護センターや健診センター等を設けたほか、3〜5階部分を療養型病床にあて、現在は270床のケアミックス型として機能している。




  国立病院当初は、阪大系の整形外科の医師が多かったことから、京阪神方面から整形の手術を受けにくる患者が大多数だったが、現在は入院患者の45〜50%、外来患者の70%が白浜町内からの患者である。神経内科疾患やリウマチなどで、同院が得意とするリハビリテーションが必要な患者は今も遠方からも訪れる。また、外来患者の3.5%が県外からで、これは主に観光客である。

ユニークなのは、第三セクターへ寄付してくれた団体のなかに白浜温泉旅館共同組合の名も見受けられることだ。これに対し西浦氏は「地域に医療機関があり、救急の初期対応ができる体制が整っているということは観光地としても助かるということで、国立病院が廃止になる時点で旅館組合の皆さんにも協力していただいた」と説明する。「慎重な方は、旅行先で万が一のときにかかれる救急病院があるかどうかも重要なポイントです。お迎えしたお客様の具合が悪くなったときに、時間に関係なく対応できる体制をつくることは、温泉観光町としては当然のこと。当初は病院経営に町が関わることで町の負担が増えるという意見もありましたが、地域医療の充実や観光客のためにも、国立病院の跡地を活用すべきだという合意に達しスタートできたのです」

観光客が多くなる夏場には急性アルコール中毒のほか、発熱などでホテルや旅館から救急車で運ばれてくる患者も多い。「旅行前に、喘息の発作が起きたときに対応してもらえるか?透析を受けられるか?という問い合わせも多いですね」

現在は仕事をリタイアし、温泉があること、冬場が温暖であること、そして医療サービスが安心して受けられるということで、白浜の別荘に移住してくる人も増えているという。そうした人口増加については、「町としては喜ぶべきことですが、高齢者が増えすぎて介護保険が圧迫されて困るという側面もある」と西浦氏は本音を漏らす。






  収益についてはスタートから三年ほどは施設基準が取得できず、ベッド数が少なかったこともあり赤字が続いた。しかしその後、施設基準の取得とベッドの拡充に伴い好転。「さらに99年に療養病床を開設したことで軌道にのりました。経常利益を見ると、2003年度は3億7千万、2004年には3億9千万と4億近い利益となった」と西浦氏。療養病床については開設当初、利益率が高すぎ見直しを迫られる結果となったという。  

昨年の診療報酬改定では、療養型病床の削減をにらみ医療依存度の低い人の診療報酬が引き下げられたが、医療区分1の患者の割合を2〜3割台に落としリハビリテーションに力を入れた結果、なんとか前年度並みの収益を確保することができたという。  

今後の方向性については療養型を減らし、リハビリテーション機能を強化していく方針だ。「急性期一本でやっていくのは厳しいし、今後療養型をどのように転換していくかが課題。当院の得意分野はリハビリのため、介護療養病床をつぶして回復期リハビリテーションをもう一病棟増やすことも検討しています。しかし、もし回復期リハビリテーション病棟が2つになった場合、脳外科の体制がない当院において対象患者さんを集められるかどうか厳しいところですが…」と西浦氏は懸念する。とはいえ、現在は急性期医療を担う近隣の南和歌山医療センターや紀南病院の退院患者を同院のリハビリテーション病棟で受け入れ、在宅へ復帰させる流れはすでにできている。そのほか、緩和ケア病棟への転換に加え、来年4月からの特定健診の義務化に伴い、院内にある健診センターを拡充していくことも検討しているという。  

一方、急性期病棟に関しては現在の10対1から7対1入院基本料を目指しているところだ。「しかし、2年前に電子カルテを導入したのを機に、パソコンに抵抗感のある看護師が辞めてしまい、残された看護師も負担の多さから相次いで辞めるという悪循環が起きました。最近ようやく歯止めがかかったところ。今後は人材確保に努めたい」と西浦氏。


 
院内に併設されている総合リハビリテーション施設。リハビリスペースも広々している。
今後リハビリテーション医療を充実させていく同院にとって中心的施設。

 
うたせ湯、かぶり湯、気泡湯、座湯、寝湯が並ぶクアミッテルハウス。
温泉療法が充実するのも温泉町にある病院ならでは。






  白浜はまゆう病院ではそのほか、地元の診療所開設を望む声に応じ現在、直営診療所として西富田クリニックと鮎川診療所を開設するほか、日置診療所と三舞診療所、川添診療所の3つの診療所から運営委託を受けている。

そのうち、日置診療所と川添診療所は今年4月に運営委託されたばかりだが、川添診療所の所長として、元聖マリアンナ医科大学(神奈川県川崎市)教授で日本アレルギー学会会長の中川武正医師が着任したことは大きな話題となった。中川医師は医師となった当初から後年は地域医療に携わりたいという思いを抱いており、60歳となり退官したのを機に同診療所に赴任することにしたのだという。白浜は中川医師が親しくする和歌山県の日赤医療センターの耳鼻科医師より紹介された。アレルギー学会の活動も引き続き行っていく中川医師にとって、東京からアクセスが便利という点も重要だった。その点、診療所は空港から近く、また診療所の立地が自分の描いていたイメージと合致したこともありスムーズに話がまとまったという。この人事は地域住民にも非常に大きなインパクトをもって受け入れられ、大手メディアからの取材が相次いだ。現在は週に1度、白浜はまゆう病院で専門外来も行っており、中川医師を頼って和歌山市などからも患者がやってくる。

同じく鮎川診療所も今年5月から、山形県の鶴岡市民病院に勤めていた医師が所長に着任した。老後は温かいところでのんびりと医療活動に従事したいという気持ちから、2年前にも一度問い合わせがきたが、今年になってポストが空きうまくマッチングできたのだという。 「団塊世代の方のなかには、定年まで達してしまうと残された期間が短くなってしまうため、余力のあるときに退官し、自分が本当にやりたい医療をやるという傾向はあるようです。病院がバックについたサテライト診療所なので、経営にあくせくせずともよく、また、自分が学会などで診療所を空ける場合は病院からスタッフが派遣されます。医療活動についても地域に密着した医療を行いつつ、病院の専門外来で自分の専門性も発揮できる。地方は特に医師不足と言われていますが、団塊の先生方にこうした環境を上手に情報発信すれば、人材確保の可能性は十分あると思います」(西浦氏)


 
今年4月に川添診療所に赴任した中川医師は、週に1回、白浜はまゆう病院でアレルギーの専門外来を開いている。






  前述したように、白浜はまゆう病院は当初町立病院で開設しようとしたものの、社会保険病院の紀南病院の開設者でもある白浜町は規約上、公立病院を2つ運営することができず、その次の手段として財団法人を設立し国有財産の取得に至った。ちなみに紀南病院の開設者である町が、経営で競合するような病院を白浜町でやろうとすることに対し、議会のなかで白い目で見られることもあったという。

国から払い下げられる土地建物については一旦財団のほうで借入をし、約8億8千万円で払い下げを受けた。


● 取得した国有財産


土地
建物
立木竹
<合計>
    

1,170,291m2
718,099m2
58本
  

508,712,000円
371,649,000円
37,000円
880,398,000円
 

「そのうち、土地取得資金に要した約5億円は白浜町が責任を持とうということで、財団が借り入れた借入金の元利償還分を債務負担行為で毎年補助してもらっている」と西浦氏。また、病院で新しく機器を導入する際は、その都度議会にはかって半分を補助してもらうほか、24時間の救急対応に対しては年間約3,900万円の補助金が降りている。平均すると一年間で1億円弱の町の補助金が導入されている計算となる。

「開設以来、12〜13億円の町の税金が導入されてきたことになりますが、考えようによっては、270床の病院を町立で運営していたら、到底それだけの負担ではすまないだろうし、経営効率も悪い。自分たちが申し上げるのもなんですが、12億円程度で270床の病院を経営でき、町の医療のインフラが確立されれば少ない経費といえるでしょう。医師の方々にしてみても、地域医療に意欲を燃やして従事したいとなったとき、その町がどれだけ医療や福祉に熱心に関わってくれているかは重要な選択のポイントです。その点、経営は現場に任せてくれつつも、必要なときに病院の要請があれば、予算が許す範囲で議会の了解を得て、町が一定の補助をしてくれる。第三セクターの経営主体は侵さずに、町が支えるような形で、いわゆる行政の公共性と、労金や民間団体の公立性、医師の医療実績の3つがうまく機能している理想の形態だと思います」
 
今後は、地域医療に従事したいと願う医師が着任してきたというこれまでのよき伝統をいかに継承していくかが、一つの課題だという。現在の谷口友志院長は白浜町出身で自治医大の卒業者であるが、これまでの医師はみな、地域医療を実践したいということで白浜の地を自ら選んできてくれたという。

「同院の特徴と自治医大の目指す方向性はきっと近い。今後は自治医大の先生の拠点病院の一つとなりながら、発展していければ有難いですね」(西浦氏)


 

 

 




 

■白浜に若者をどう呼ぶか
大阪から特急で2時間、羽田空港からたった1時間で来ることができる南紀白浜温泉だが、その名前を聞いても日常生活圏から遠いため特に関東方面の若い人たちにはあまりピンとこない。取材時、「大学があるとよい」「航空運賃をもっと下げる必要がある」という話も出た。そして大学については、現在のジェット空港を作る前にあった古い滑走路を利用して、航空工学系の大学を作ろうと県が進めていた時期もあったが、残念ながら、先ごろ談合汚職で捕まった木村知事が着任してすぐにプロジェクトが中止になったという。また、航空運賃の引き下げについても課題だが、そもそも空港を維持するには、その地域の定住人口が30万人ぐらいいなければ維持できないという。現在和歌山市は40万人いるが、第二の町である田辺市は8万人で、白浜周辺には14〜15万人しかいない。そのようななかで空港を維持するだけでも大変なのだ。 結局、夏場における関西圏からのリゾート集客についてはこれまで同様であろうが、さらなる上積みによる町の活性化には当面は妙手はないようだ。


■医師の確保について
現在、地方の自治体病院では医師が確保できず専門診療に支障が生じている。白浜でも、地元の和歌山県立医大からは人員規模が小さいことから、今のところ常勤医師の派遣はないという。ただ、白浜の名前が全国的に広く知られていること、また空港があるという点で、県外から先述したように元大学教授など医師を呼べる力はそこそこあるとのこと。「東京は文化圏が違うし我々としても敷居が高いが、うまく情報発信をすれば、東京の先生方でもマリンリゾートで働きたいと希望する人がいるかもしれない」と西浦氏は期待している。  
羽田から1時間というアクセスに加え、温暖なマリンリゾート、病院のバックアップなどをアピールできる地方病院は稀少であり、それにより優秀な医師を確保できることは観光地としての付加価値ともなっている。


■療養型の転換に関する悩み
白浜町には、白浜はまゆう病院の介護療養型のほか、同院ができる以前から社会福祉法人によって特別養護老人施設や介護保険施設が運営されている。そのため施設サービスが増え、介護保険料が月5,800円と近畿でも一番高く、白浜町住民も介護保険料には不満を持っているという。「そういう背景のなかで、今後療養型病床の転換を考えた際、老健にいくにしても、介護保険施設がこれ以上増えると困るという現状のため、なかなか選択しづらい。」と西浦氏。  
国が進める医療制度改革では、医療費削減のため療養病床削減が決定されているが、医療保険から介護保険への単なる移し変えになるならば、介護保険者である自治体の負担が増すばかりである。医療面では療養病床以外への転換、あるいは介護や介護以外での新たな産業の振興なども必要となる。





 

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